はじめに
ども、LUCYです。
過去3回に引き続き、LUCYの就職活動について書いていきたいと思います。
過去3回の記事を読んでいない方は、是非、その記事から読んでいただけますと幸いです。
希望からの絶望
9月。新たに第一志望とした市役所の1次試験があった。
結果、難なく通過した。
翌月、2次試験のグループディスカッションがあった。
例年7割は通過すると聞いていたので大丈夫だと思った。
結果、通過した。
そして11月に3次試験の最終面接。集団面接と個別面接がそれぞれ1回ずつ行われた。
例年倍率は2倍程度と聞いていた。
今の自分は元々の第一志望に落とされたあの時とは違う。
そのまちで過ごしたエピソードとまちに対する自分の思いを素直に伝えた。
12月、結果が出た。
不合格。
もうどうすればいいのかわからなくなった。
大学時代の友達はみんな社会に出たり、大学院で頑張ったりしている。
数少ない、就職浪人した友人もみんな内定をもらっていた。
一緒に頑張ってきた公務員試験仲間もみんな合格をもらっていて、
来年の受験生に向けたアドバイザーをやっている人もいた。
通勤している人たち、通学している人たちを見ると自分が情けなくなり、億劫になった。
年末、親戚に顔を見せることすら億劫になってしまっていた。
自分はもう社会不適合者なのか。
もうどうすればいいのか。
一生フリーター・あるいはニートになってしまうのか。
不合格の通知を受けてから数日後、お世話になっていた公務員予備校の先生に相談に行った。
先生も、自分が落ちるとは思っていなかったようだった。
すでに合格していた、他の仲間たちと自分との決定的な差は何なのか、先生に問いかけた。
先生も、決定的な差があるようには思っていなかったようだった。
ただ、1つ言われた。
何か新しいことを始めてみたらどう?と。
そのときもう12月。年が変わるまでもう数週間しかなかったが、
1つ、年内にやってみようと思えることを見つけた。
1つの光明が見えた、震災ボランティア
やってみようと思ったのは、東日本大震災の災害ボランティアへの参加だ。
当時は震災から少し経ったくらい。
私はもともと東北に縁があり、東北は思い入れのある場所だった。
今回、自分を一度見つめなおしたいと思い、新たなチャレンジとしてこれを選んだ。
参加したのは旅行会社が主催する、宮城県沿岸への2泊3日のツアー。
内容は土の中に埋まった、瓦礫類の撤去。
もともと家があった場所の土をつるはしで打って、土の中に埋まったものを掻き出すといった作業。
電子レンジとか、いろいろなものが出てきた。
過去にはグランドピアノが出てきたこともあったと聞いて驚いた。
この街を襲った津波の恐ろしさを改めて思い知った。
最高気温がマイナスという状況の中、ひたすら作業に打ち込んだ。
参加した人の年代は様々で、同世代の人も多かったが、79歳という人もいた。
それ以上にビックリだったのは、添乗員が当時の自分より年下の21歳だったこと。
年下なのに自分より圧倒的にしっかりしている。
自分より圧倒的に頑張っている。
その添乗員にすごく心を打たれた。
また、一緒のツアーに参加していたシニア世代の方々から、
「若い人たちに期待している」と言われた。
私はこのままじゃいけない。心からそう思った。
2泊3日という、短い期間ではあった。
でも、自分にとってはそれが日数以上に意味を持つものだった。本当に充実した2泊3日だった。
ボランティアツアーが終わって帰ったその日の夜、
公務員予備校の仲間とその先生との忘年会があり、その足で参加した。
他の仲間はみな合格していた仲間だったが、自分がなかなか合格できなくて苦戦していることもわかっていた人たちだったから、快く参加することができた。
その時、先生に相談した。
「日数にすればわずか2泊3日のボランティアでした。ただ、自分にとってはそれ以上の意味を持つものでした。いろいろなことを学びました。このエピソードをもとに自己PRしてもよいものでしょうか。」
先生の回答はこうだった。
「それがあなたにとって意味のあるものであれば、そのエピソードをもとに自分をPRできるなら、良いと思うよ。」
来年に向けて、何か1歩を踏み出せそうな気がした。
次回へ続く。


